薬の調整を自己判断で行う是非について主治医に訊いた

双極性障害のように慢性的に付き合っていく病気というのは、普通の病気のように服薬の諸注意は医師の言うことを守って…というお決まりのセリフが適用されないニュアンスもあるような気がします。


普通の病気と違って‥という表現もいかがなものかと思いますが、完治させるために服用する薬と、自分のベストの調子をキープするために服用する薬との違いというか、つまり、服用量に自己判断があっても良いか悪いかを主治医に訊いてみたのでした。

それというのも……先日、欝の報告をしたすぐ後に早朝から起き出してご飯を作り、仕事上のトラブルで旦那に「私の言ってること間違ってないよね!?」と話したことから躁転したと思い、アンプリットを1錠に減らしました。客観的評価が欲しいので、慣れていない薬の調整の際は旦那に聞いてます。なんだか躁と欝の波の間隔が短くて疲れるのです。

質問――薬の調整は自分で行ってもいいですか? 

回答――状態に合わせてすぐに対応できた方がいいから、薬の調整は自分で行ってもいいですよ。あなたの調子を客観的に評価できる旦那さんの意見も薬の調整に役立ててくださいね。躁、フラット、欝の波はやっぱりありますけど、そのうちどんどん長くなっていきますよ。フラットの状態が。

主治医からは、このような回答をいただいた。双極性障害の薬を自己判断で調整することは断じてNGではないようだ。かつ、家族から見た患者の状態は、たまにしか会わない主治医の視点よりも優れた場合もあるので、そこは医師の意見と織り交ぜながら薬を上手に活用していくことが望まれるといった見解でした。なるほどなるほど……。


鬱がひどいときは、ネガティブな気持がスパイラル的に渦巻いていた。
ゲームもネットも興味が持てず、ひたすら布団とお友だち。そして、布団の中にはいろいろな不安が押し寄せてくる。無理やりその不安を薬で押し返しているのがわかるから苦しい。仕事らしい仕事いっさいできず。そうしたら明日が地獄になることがわかっているのに…。さらに、なんで結婚してしまったんだろう?と考えてしまう、早すぎたかな?なんて…。とにかく、なんでこんなことを考えるのか自分でもわからない。布団のなかで過去に人にされたことや、旦那のイヤな部分、人を責めることばかり考える。この感情はなんだ!? 話しかけてこない旦那、いつもどおりの旦那がイヤで仕方ない。腹が立ち、イライラする。「触らないで」とメールする。欝に逆戻り。仕事に手を付けられず、楽しいことがない、と空しい気分に。

そんなとき、旦那に「コンビニくらい行けばいいのに」と言われキレる。旦那とその後一言も話をせず。欝のときに放っておかれるのって結構辛い。そこはわかってほしいところなんだけどなぁ。旦那に「欝でも浪費する症状ってあるの?」と突っ込まれる。たしかに、先週の欝の状態からネットオークションにハマりすぎ。今日も落札してしまった。ちょっと前までは楽しかったが、今は落札後に「ああまた買ってしまった」と思ってしまう。もひとつ旦那に「躁に見えて欝の症状が出てるとも本に書いてあったね」と言われる。そんな言葉は忘れていたので驚く。今は欝の状態だと思うけど、細かいところまで覚えていてくれた旦那に感謝。

こんなことからも、私が鬱状態であるときに、旦那はかなり高精度に私を観察していることがわかる。主治医も言っていたが、私と主治医だけの関係だけではなく、家族も参加した三角関係のような状態で双極性障害と付き合うことは良いことなんだそう。そういう治療環境が有るのなら、調子に合わせて自己判断で薬を調整することは間違っていないと。なんだか、自分ひとりで抱え込んでいた精神疾患が実はみんなで抱えるものなんだと考えられるような気持です。こういう気持って、日々の調子を整えるには大事なことなんだなあって思う。

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