嫁の躁を見極めながら接してくれる旦那は頼れるオトコ

わたしに双極性障害という病気持ちです。そしてこの疾患は発症と完治という区切りがない。つまりいつから精神疾患患者だったのか?そして、いつから健常者として生きるのか?そこが一生グレーなまま生きていくだろうと思っている。


そんなわたしと結婚した物好きな旦那は、当たり前だけど精神疾患患者である事実と、生活に大きく影響を及ぼす症状を知りながらわたしを妻としてくれた。

もちろん心優しい旦那は、こんな私を支えてくれようとするのですが、正直、ピントが合っていないときもしばしばある。
(╥ω╥`)

主に躁状態のときにある私が、「この本を読んで!この本を読みながらドリルみたいに記録していこうよ!」と、躁鬱病に関する書籍を手にして寄り添っても、付き合ってくれるのは最初だけ・・・・・・。

本は読んでくれているみたいだけど、シートに記入する形で双極性障害の症状と上手に付き合うための本に記録するのは面倒くさいんだろうか?そのうち頓挫してそっぽを向き始める。

当初は旦那のこういう態度に腹を立て、「なんで私の安定に手を貸してくれないの!?」と問い詰めたりしたものですが、そのたびに沈黙。もしかして‥腹を立てることが躁であると、旦那は密かに思っているのかもしれない・・・・・・。

そうかと言って、旦那の態度はいつもとは言わないが躁鬱ジェットコースターに乗っている私と暮らすためのスキルをすでに習得しているかのようだ。つまり〝流されない〟これが多分、秘訣なんだと思う。

躁鬱記録をイヤイヤでも書いたとして、躁状態の私が見て納得する訳ない。問い詰めた私に対して旦那が意見を言おうものなら、躁がさらに悪化する。そのサイクルを旦那は患者以上に心得ているのかもしれない。こういうちょっとしたことがストレスとなって積み上がれば夫のメンタルヘルスも悪化して離婚の可能性もあろうかと思うのだが、夫婦を長く続けるポイントはこういうものなのだろう。

今では、自分で「あ、躁っぽい」と思ったときや、受診前に「ねぇねぇ、最近の私、どう?」と尋ねて客観的評価をもらうようにしています。鬱のときにも放っておいてくれる。多分心配なんだろうなーと思うけど、私の気持ちを重視してくれていると思うとありがたい。 これが旦那の距離感なんだろうなと最近思う。彼には彼なりの接し方があって根拠もあるのだろう。必ずしもわたしが「こんなふうに接して欲しい」と考えたとて、それが正しいかどうかはわからない。夫婦だからきっと他の誰よりもわたしのことを知っているであろう彼の考え方を改めて尊重しようと思う。

さて、週初めは急ぎの仕事がなかったのでたまっている家事をする日に決めた。買い物に張り切って出かけると、なんだか大荷物になってしまいちょっと疲れた。アンプリットは1錠をキープした。ところが、夕方仮眠‥のつもりが3時間も眠ってしまった。これは疲労か?鬱か?

週の半ば、最近まではお風呂にも入れなかったのに急激に元気になった。ただし、仕事の打ち合わせでちょっと意見を言わなければならないことがあってかなり緊張。仕事の打ち合わせ前は落ち着かない。焦燥感というかイライラというか・・・

打ち合わせそのものは順調に進んだ。出席者が互いに気持ちよく意見交換ができたと思うのだが…。実はその日、朝からちょっと躁の気配があったので、「欝」向けに増量してもらっていたアンプリットを元の量に減らしてみた。即日で効果が変わるものではないと思うけれども。こんな適当な自分処方をやっていて大丈夫なんだろうか?こんな事こそ、旦那に逐一相談した方がいいはずだ。

週末くらいより状態が良くなる。鬱を抜けた感じがした。しかし不穏な雲が・・・・・・。たまっていた仕事をこなし、その後に外出することを突如決める。すると外出先に、仕事の取引先から電話が入る。ところが、電話の内容に納得がいかず、「会社まで来い」という相手に「こちらも仕事があるので行けない」と粘り中間地点で落ち合うことに――。

まあとにかく、仕事上のトラブルが発生したという話なのだが、帰り道に旦那に愚痴った。
「私、間違ってないよね!?」

確かに間違ってはいないと共感してくれた旦那だったが、正論を声高に主張するのが躁の特徴だと主治医に言われたじゃないかと、ポツリとこぼした旦那。


旦那はわたしが考える以上に躁と鬱のことを知っているのかもしれない。日常生活と主治医からの意見を冷静に照らし合わせながらわたしをいつも見ていてくれる。

あらためて‥精神疾患患者であるこんなわたしを嫁にしてくれた旦那が頼れるオトコに見えた。

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