わけもなく出る涙と否定的感情と症状の連鎖
わけもなく涙が出るのは私が感情豊かなオンナだからではない。私が双極性障害だからだ。そして抑鬱感があらわれと、わけもなく涙が出たり自分さえも否定的に自虐的にとらえようとする自分がいる。
通院するとリーマスの血中濃度を検査してもらい、許容量だと評価されると、少し安心。主治医のところに行くとラクになる。笑って帰って来れる。すごいことだ。でも何故だか悲しくもある。ちょっとラクになれたのに泣きたくなる。なせだろう・・・
午前中に仕事のやりとりをして少し疲れてしまった。そのせいか、午後は買い物と少しの家事でイッパイだった。
忙しい状態がMAXになると、ミスをする。悲しい、ヤケクソ、腹が立つ‥などの気分が出るが、気分を切り替えないと次の仕事ができないので感情を抑える。「次の仕事は何分でできるかな!?」というような‥。こういう考え方の変化は悪くないと思う。
夜には、とある知人の〝舞台〟を観に行った。
舞台とは小規模な演劇なのだが、みおわった後、素直な感想が出てこないのはやはり何かにつけて否定的な自分の心理が反映された結果だろうと思う。
「とっても良かったー!」とか「うーん、ちょっとつまらなかった・・・」とか、感じたことを素直に表出できないのは、疾患が原因か?はたまた、単なる性分か?
そんな自分に嫌気が差したか?なんだかお酒が飲みたくなって、帰りにワインの小瓶を買った。自分から見て外部には否定的でありながら、ワインを買うなんて自分に向けてはHighな行動が表出するのは少しばかり躁に向かっているのかもしれない。
しかしながら、舞台鑑賞に出向くことを決定できたことは欝の領域から抜け出そうとしているのかもしれない。だからって、ネットオークションや通販に気をとられてしまうのはいただけない・・・。もうそれ以上はダメ!と、旦那からストップがかかるまでは少しずつ楽しんでおこうか・・・
ところで、旦那にも主治医にも「病気によって自分をセーブしすぎている」と評価されている。つまり文句や主張をズバリ口にするのが苦手なのだ。このことは、既述の何かにつけて否定的な自分の背景にある、根本原因かもしれない。
思ったことはイヤだと思えばいい、これからは自分の感情に素直でありたい。そうすることで、逆に、目の前の事象に素直な気持ちでいられるための自己トレーニングにもなるはずだ。
おちた時の症状は、わけもなく涙が出る、義務感で食べているだけで食欲そのものがない、だから味がしなくて味そのものを感じない、これに、吐き気と過眠がが加わる。
ドラマを見て涙が出ても、自分では鬱状態の症状だとわかっている。そんなとき、感情を吐き出した方がいいのか? 誰に?それとも、感情をセーブするように気をつけた方がいいのか?感情をセーブする必要はない。泣きたければ泣けばいい。わけもなく出る涙だろうが、それでもいい。人前で突然泣き出したら周囲が驚くから止めた方がいいかもしれないが、家で一人で泣くのをどうして疑問に思うのか?
これまで感情をセーブしすぎてきているので、疑問に思うことが間違っていることがある。疑問を感じたら、その疑問に意味があるのかを考えてみては? 感情をコントロールしよう、とするのではなく、コントロールしすぎて自分の本当の感情が見えなくなっている点を改善していきたい。